歯科医院はなぜ「コンビニより多い」のに続かないのか|院長が語る経費のリアル
「歯医者はコンビニより多い」——一度は耳にしたことがあるフレーズだと思います。
たしかに、街を歩けば歯科医院の看板をよく見かけます。「そんなに儲かるのか」と思われるかもしれません。ところが実際には、廃業する歯科医院は年々増えており、後継者が見つからずに閉院するケースも各地で起きています。
数が多いのに、続かない。この矛盾はどこから来るのでしょうか。
今回は少し趣向を変えて、二宮町のはら歯科クリニックの院長である私が、歯科医院の経費構造について、飲食店など他の業種と比較しながらお話ししてみたいと思います。
普段の診療では絶対にお話しする機会のない内容です。「歯医者の裏側」として、気軽にお読みいただければ幸いです。
なお、この記事は値上げの前振りでも、経営の苦しさを訴えるものでもありません。純粋に「知られていないから、書いてみる」という趣旨です。
最大の特徴:自分で値段を決められない
まず、他業種との決定的な違いからお話しします。
飲食店であれば、原材料が高騰すればメニューの価格を上げられます。実際、この数年でラーメンやランチの値段は目に見えて上がりました。美容室も、技術やサービスに応じて自由に価格を設定できます。
一方、歯科医院の売上の大部分を占める保険診療は、価格が国によって決められています。全国一律で、1点10円。東京の一等地でも、二宮町でも、同じ治療なら同じ価格です。
そして、この価格は「診療報酬改定」という形で数年に一度見直されますが、こちらから交渉することはできません。
つまり歯科医院は、コストが上がっても、価格に転嫁できないという構造の中で経営しています。原材料費が2倍になってもラーメンの値段を据え置かなければならない、と想像していただくとイメージしやすいかもしれません。
これが、すべての話の出発点です。
経費の中身を、飲食店と比べてみる
では、実際に何にお金がかかっているのか。他業種と比較しながら見ていきましょう。
| 項目 | 歯科医院 | 飲食店・美容室など |
|---|---|---|
| 価格決定 | 国が決定(保険診療) | 自由に設定できる |
| 開業資金 | 数千万円規模 | 数百万〜1千万円台も |
| 人件費 | 国家資格者が必須 | 無資格でも可能な業務が多い |
| 売上の上限 | チェア数と時間で決まる | 回転率・単価で伸ばせる |
| 入金まで | 約2ヶ月後 | 即日〜数日 |
開業時点で、家が一軒買えるほどの投資
歯科医院を開業するには、一般的に数千万円くらいの資金が必要と言われます。
診療用のチェア(ユニット)は1台で数百万円。レントゲン装置、滅菌器、コンプレッサー、バキューム設備。さらに、水道・排水・電気の特殊な工事が必要になります。
飲食店なら居抜き物件を活用できることもありますが、歯科は設備が特殊なため、簡単には流用できません。
多くの歯科医師は、この資金を借入で用意します。つまり、開業初日から数千万円の借金を背負ってスタートするわけです。
「原価」が見えにくい
飲食店なら、原価率という考え方が明確です。食材費が売上の3割、といった具合に。
歯科の場合、いわゆる材料費の比率は飲食店ほど高くありません。ただし、その代わりに目に見えないコストが積み重なります。
たとえば、器具の滅菌です。患者さんごとに器具を交換し、洗浄・滅菌するには、機器の購入費、電気代、水道代、そして人の時間がかかります。使い捨ての手袋やエプロン、注射針も、患者さんごとに必ず交換します。
これらは診療報酬に個別に上乗せされるものではなく、基本的に医院側の負担です。感染対策を丁寧にやればやるほどコストは上がりますが、収入は増えません。
人件費が経費の最大項目
歯科医院の経費で最も大きな割合を占めるのが、人件費です。売上の半分前後を占めることも珍しくありません。
理由は明確で、有資格者でなければできない業務が多いからです。歯科衛生士は国家資格であり、歯石の除去などは資格を持つ者しか行えません。
そして今、この歯科衛生士がまったく足りていません。全国的に採用が困難な状況が続いており、求人を出しても応募がないという話は、同業者の間では日常会話になっています。
飲食業や小売業も人手不足ですが、少なくとも「無資格でも採用できる」という選択肢があります。歯科にはそれがありません。
物価高が、歯科を直撃している
ここからが、最近特に深刻な話です。
この数年、あらゆるものの価格が上がりました。歯科で使う材料や器具も例外ではありません。多くが輸入品であるため、円安の影響を強く受けています。
さらに、電気代の上昇も痛手です。歯科医院は、滅菌器、コンプレッサー、レントゲン、空調と、電力を多く使う設備の集合体です。診療していない待機時間も、機器は動き続けています。
そして人件費。最低賃金は年々上昇し、人材確保のためには給与水準を上げざるを得ません。
コストは上がる。しかし、保険診療の価格は自分では変えられない。
飲食店であれば、値上げをするか、量を減らすか、いずれかの選択ができます。歯科にはその選択肢がありません。診療報酬改定を待つしかないのです。
この構造が、近年の歯科医院経営を静かに圧迫しています。
「コンビニより多い」の実態
さて、冒頭の話に戻ります。
歯科医院の数がコンビニより多いというのは、よく知られた話です。ただ、この「多さ」の中身には偏りがあります。
都市部には歯科医院が密集する一方、地方には歯科医院のない地域も存在します。同じ「多い」でも、地域によって状況はまったく違います。
そして重要なのは、新規開業が減り、廃業が増えているという流れです。歯科医院の数は、すでに減少に転じているとも言われています。
理由はいくつかあります。開業資金の高騰、スタッフ確保の困難、そして——最も深刻なのが、後継者問題です。
後継者がいない、という現実
歯科医院の院長は、高齢化が進んでいます。
かつては「子どもが歯学部に進学し、医院を継ぐ」というモデルが一般的でした。しかし今、その流れは細くなっています。歯学部の学費は高額で、卒業後も研修期間が長い。そのうえ、開業しても経営環境は厳しい。子ども世代が別の道を選ぶのは、自然なことです。
第三者への承継という手もありますが、これも簡単ではありません。地方の医院は買い手がつきにくく、設備が古ければ引き継ぐ側の負担も大きくなります。
結果として、後継者が見つからないまま、院長の引退とともに閉院するケースが増えています。
閉院で困るのは、患者さん
医院が閉じるとき、最も影響を受けるのは患者さんです。
長年通っていた医院が突然なくなる。カルテはあっても、これまでの経過を知る歯科医師はいなくなる。新しい医院を探し、また一から関係を築き直さなければなりません。
特にご高齢の方や、入れ歯を使っている方にとって、これは大きな負担です。入れ歯は「その人に合わせて調整を重ねてきた」ものであり、作った本人が最もよく分かっています。
私自身、この問題は他人事ではありません。だからこそ、当院では将来を見据えた準備を早い段階から考えています。いつか診療を終える日が来るとしても、患者さんが困らないよう、十分な時間をかけてお伝えし、引き継ぎ先をご案内できる形にしたい。それが、地域で診療をさせていただく者の責任だと思っています。
それでも、この仕事を続ける理由
ここまで厳しい話ばかりしてきましたが、誤解のないようにお伝えしておきたいことがあります。
私はこの仕事を、心から良い仕事だと思っています。
痛みを取り除いたときの、患者さんの表情。何年も通ってくださる方が「調子がいいですよ」と言ってくださる瞬間。入れ歯が合うようになって「久しぶりにおせんべいが食べられた」と報告してくださったとき。こうした場面に立ち会えることは、他では得がたい喜びです。
経営の話をしたのは、大変さを訴えたかったからではありません。構造を知っていただくことで、歯科医療の見え方が少し変わるかもしれないと思ったからです。
たとえば、「保険で3割負担の3,000円」という金額。この背景には、国が決めた価格、有資格者の人件費、滅菌のコスト、設備投資があります。安すぎず、高すぎず、その中で成り立っている仕組みです。
そして、この仕組みを支えているのは、実は患者さんの通院です。定期的に来てくださる方がいるからこそ、地域の歯科医院は存続できます。医院が存続すれば、いざというときに駆け込める場所が残ります。
かかりつけ医を持つということは、その医院を支えることでもあり、そして自分の将来の安心を確保することでもあるのです。
はら歯科クリニックについて
当院は、二宮町で予防歯科・歯周病治療・入れ歯(義歯)に力を入れている歯科医院です。
規模の大きな医院ではありませんが、そのぶん一人ひとりの患者さんとしっかり向き合える診療を心がけています。長くお付き合いいただくことを前提に、治療だけでなく、その後のメンテナンスまでを大切にしています。
地域の皆さまが「何かあったらここ」と思える場所であり続けられるよう、これからも診療を続けてまいります。
二宮駅北口から徒歩2分、駐車場も2台ご用意しています(満車の際は近隣の北口パーキングをご利用ください。受付で駐車チケットをお渡しします)。平日の最終受付は初めての方が16時、通院中の方が16時30分まで、土曜日も診療しています。
まとめ
今回お話しした内容を整理します。
歯科医院は、保険診療の価格を自分で決められないという特殊な業種です。開業には数千万円規模の投資が必要で、経費の最大項目である人件費は有資格者が中心となるため、簡単には抑えられません。滅菌や感染対策のコストは、丁寧にやるほど増えていきます。
そして近年は、材料費・電気代・人件費の上昇が続く一方、価格に転嫁できないという構造的な圧力がかかっています。その結果、「コンビニより多い」と言われた歯科医院も、廃業と後継者不足により減少に転じつつあります。
とはいえ、これは悲観的な話ばかりではありません。地域に根ざした歯科医院が、皆さまの通院によって支えられ、存続していく。そのことが、患者さんご自身の安心にもつながっていきます。
普段は聞くことのない話だったかと思いますが、少しでも興味を持っていただけたなら幸いです。
二宮町のはら歯科クリニックは、これからも地域のかかりつけ医として、皆さまのお口の健康を守ってまいります。
